さてさて口唇口蓋裂の息子も(何とかかんとか)高校生になりました。
全く知り合いのいない遠方の高校に行きましたが、さすがの実力、早くも高校生ライフをエンジョイしています。
今まで書いてきた手術や矯正はまだまだ治療が続きますので、高校生活との兼ね合いをどうしようかというのが今後の課題。
ですが、実はひっそりと終了している治療もあります。
そう。
口蓋裂では避けて通れない(多分)、言語訓練です。
結論から言いますと、息子は今ほとんど、いや全く構音障害は残っていません。
他の口蓋裂の子に比べて、傷跡の残り具合や、治療の難易度は高いと言っても過言ではないのですが。
言語だけはばちこり修正できました神様ありがとう!!
\(^o^)/
ただ、今までの経緯と変わらず、言語の治療もなかなか大変でした。
いや、一番親が大変だったのはこれに違いない(断言)。
でもでも今まで何の参考にもならないトラブルだらけの治療歴を書いてきましたけど(自覚ある)、今回は大丈夫!!
多分!!
全く言語障害の残らなかった、両側性口唇口蓋裂の子の訓練記録です。
目次(クリックするとその項目に飛びます)
両側性口唇口蓋裂の言語訓練をした時期
うちの場合は、口蓋裂の治療をしている病院の言語科(て名前ではないけど)で訓練しました。
一番初めの診察はたしか3回目の手術の直後。
息子の場合は1歳8か月。
この時期から少しづつ成長具合と言語の発達をみると。みていくと。
駄菓子菓子、うちの息子は成長がゆっくりにもほどがある子ででして、歩き出したのは1歳半近く。
この3回目の手術の時はまだ離乳食後期の物しか食べられず(この手術が落ち着いてようやく普通食が食べられるようになりました)、言葉なんか「あー」「うー」程度の喃語でした。
成長が遅かったうえに、この時期から就学前までは発達障害を疑われることも多々あり、口蓋裂以外でもしんどいこと多かったですけど、
と、病院でも様子を見てもらえたので、小さい時は言語訓練より発達相談の方で頼っていました。
この時期は半年に一回くらいの通院だったはず。
とにかく保育園が一時期、軽々しく問題児扱いをしてきてしんどかったので、
て言えたのが本当に良かった。
ちなみに私の持論では、他人に離婚と子どもの発達診断を簡単に勧めるやつは極刑です。←
話それましたけど、息子が実際にぽつぽつ話し出したのは3歳過ぎ。
今は口縫うたろかくらいしゃべり続けてるので、言葉遅いお子さんお持ちの方、ほんと心配しなくていいですよ。
ただ、この息子のおしゃべり好きが、のちに言語訓練で大きなあだとなります。
とにかく、はじめは1歳8か月、実際に言葉の訓練ができるようになったのは4歳頃。
この4歳から小学校3年生くらいまでが地獄の訓練時期でした母が。
終了したのは5年生の6回目の手術のころです失敗したやつね←
ではここまでが前置き。
これはあくまでうちの息子の言語訓練記録であることを念頭に、ご興味ある方はお進みください。
口蓋裂で「タ行」が「カ行」になる構音障害
息子の言語訓練の前半の最大の課題はこれでした。
「タ行」が「カ行」になる。
これね、ちょっと声に出してみてほしいんですけど、「タ行」の発音の時は舌が前の歯茎の側につくんですね。
ところが息子はこれが「カ行」になる。
なぜかといいますと、これも声に出すとわかるんですけど、「カ行」は舌が上あご(口蓋)に触れるんです。
意外と触れへんやんな←
なんかこの辺の説明忘れたけど(おい)、ようするにこの頃の息子は、上あごにまだ穴が開いていたり、大きなくぼみがありました。
それと、前の歯茎ね
こんなんやからさ、前に飛び出してたりあちこち動いてたり、矯正でいろんなもんついたりで、ST(言語聴覚士)さん曰く
てな話でした。
とにかく私はこの時全然息子の構音障害に気づいていなくて、これがのちにわりと私を苦しめて、言語訓練の邪魔をします。
この構音障害のあった当時は
「手紙」が「けがに」と聞き間違えられたり(似てる)
かるたをしていた親せきが、息子の言った「トリケラトプス」が「コリケラコクス」に聞こえて探せなかったり(わかるやろだいたい)
「電話」が「げんなま」に聞こえたり(これうちの父親こっちはこっちで耳とおい)
ちらほら支障はありました。
特に固有名詞ですね、友達の名前を息子が言うまま覚えてたら違うかったりとかね。
他にもちょっと「サ行」とか「ラ行」が言いにくかったかな。
今思えばたいした構音障害ではなかったと思います。
息子の場合、幸か不幸か話し始めるのがめちゃくちゃ遅かったので、しっかりと口ができてから発語しだしたんですね。
それが良かったんじゃないかなとは何人かの先生から言われました。
早い子だと1歳半くらいから単語っぽいこと話し出すじゃないですか。
そしたらまだ口蓋ができてないうちにしゃべる癖がつくので、ちょっと変な癖がつきにくいとか何とかかんとか。
知らんけど。←
ただ、初めてしっかりと言葉のチェックをして、「タ行」が言えていないとわかった時の私の衝撃いいですか。
ちょっと第一子の熱い育児時代のお母さんいいですか。
口蓋裂の息子に言語訓練をしっかりとしておきたかったわけ
私は介護職として、一時期障がいのある子どもの仕事もしていました。
その時ほんと感心したのは、お母さんって私たちが一回で聞き取れないことや子どもちゃんの訴えをすぐ理解するんですよね。
その経験が頭に残っており、そしてこうなった。👇
もしかしたら!
私は母親だからこの子の言ってることわかるけど!!!
他の人には!!!
この子何言ってるかわからないんじゃないのそうなんじゃないの!!!!
ああ怖い怖い第一子あるある母の愛暴走。
まわりからは
さんざん言われてたのに、
いらないから!!
言いかえしてた誰かあの子止めたげて。
あとね、いくつか私の中で、言語訓練は勝負かけなあかんと思ってしまった出来事があって。
ひとつは、息子を生む前に私が出会った口蓋裂の人の構音障害が、わりとひどかったこと。
私よりもずっと年上の方だったので、時代のこともあると思うし、そもそも親しい間柄ではなかったので、もしかしたら口蓋裂以外の事情もあったかもしれない。
でもその方の印象が私には大きかったんですね。
息子が口蓋裂で生まれて、一番初めに頭に浮かんだのはその人だったほどです。
そのおかげでとことん訓練に力を入れられたので、その方との出会いは非常に感謝しています。
あとひとつは、これどっかで書いたかな、息子が一番初めに大学病院を受診したとき
もし言葉に違和感があったら、人は「どうしてかな?」と思って口元を見ます。
その視線が気になってしまってはいけないので
といわれたこと。これすごくわかる。
あともうひとつ
て一番初めの言語の先生に言われたけど、今んとこそれはないからおいとこ。←
とにかくそんなこんなで、年中さんくらいから月一回ペースでの言語訓練が始まります。
この頃が一番大変でしたね、仕事はフルタイムで働いてたし、下はまだ小さいし連れて行ったら訓練の邪魔だし病院遠いし
そもそも4歳の男子なんかノリノリで訓練するわけもないし!!!
そしてお母さん変なモードに入ってるしで、今この時期の子育て思い出したらえずくんですけど、ほんとここ頑張ってよかったなと思ってるので。
ぜひ今から言語訓練を始めるような、口蓋裂のお子様をお持ちの親御さんに届けばこれ幸いです。
では次回からは、言語訓練の過程を書いていきますので