熱性けいれん。
一説には、三歳までに約1割の子が一回は起こすと言われていますが、親にとってこれほどおそロシアな症状はない。
スーパーキュートなマイスウィートハニーである我が子が、白目をむき時には泡を吹き、ガタガタ震える姿を見る恐怖。
ほんまに怖いんや。
そんなおそロシアな経験を、10回もさせてくれた、スーパーキュートマイスウィートハニーはもちろんこの男。
口蓋裂は重度の上に治療が難航しましたさすが。
もちろん熱性けいれんも負けてはいない。
中学3年生の今でも病院に通っています。
そしてうちの子の熱性けいれんは
「熱性けいれん複雑型」
に入ると説明されてます。
うちの持ってる男の治療歴なんか、口蓋裂同様ビビらせるだけのような気もするのですが、とりあえず
親かわいそうに←
くらいの軽い気持ちでご覧ください。
目次(クリックするとその項目に飛びます)
初めての熱性けいれんは1歳1か月
そう、あの日はゴールデンウィークの最終日でした。
その一か月前に、口蓋裂の二回目の手術をしていた息子、当時1歳と1か月ちょい。
この記事にも書きましたが、とにかくこの頃は熱を出しまくり風邪をひきまくり、肺炎になりまくっていた息子は、通常運転としてその日も朝から熱を出していました。
この時手術直後で仕事してなかったのかな、次の日平日になったら病院に行くか、そんなのんきな午後、息子と私は昼寝から起きました。
そのまま息子が座ってテレビを見だしたので(まだつかまり立ちもできなんだ)、私は晩御飯の用意に台所へ。
狭い団地なので、となりの部屋の息子の背中を見ながら、アジフライの衣をつけ始めました。
粉卵パン粉で手がどえらいことになったあたりで、息子がぽてんと座ったまま横に倒れました。
あらまあでもまあすぐ起きるでしょと思ったら、ぽてんと倒れたまま起きない。
おかしいな、そう思い、手をパン粉まみれにしたまま息子のところに行きましたら
世界一かわいい息子(当時)が白目向いてガタガタけいれんしていました。
我パニック。
とりあえず手を洗おう←
とりあえず手をダッシュで洗って息子のもとに戻ったら、まだエクソシストだったので、ここで私は初めて大声で叫びました。
はいここに隣の部屋にいたクズ違う配偶者登場します。
えーーーーーーー!!!
息子、えーーーーーー!!!
私はパニックになって、息子を抱えて(揺らしたらあかんのよ☆)名前を呼んで泣き叫んで(大声も出したらあかんのよ☆)いたのですが
普段全く持って冷静沈着な嫁が泣きわめいている上に、息子がエクソシストなことで、もともと大騒ぎ体質の配偶者は、その百倍騒ぎました。
いいですか、熱性けいれんは慌ててはいけない。
なんて絶対無理。絶対に無理。
特に初回なんか絶対無理。
私はとりあえず介護職だったからけいれんの知識はあったし、異常な読書欲からその当時の愛読書は
この手の本をほぼ暗記するほど読んでいたので(きもいか)、熱性けいれんのことももちろんお勉強済でしたけれども、まあ役には立たなんだ。
エクソシストな息子を強く抱きしめながら(だからあかんて)
助かっても大きな障がいが残るんじゃないか
こんなことになるなら、あんなに痛い手術させるんじゃなかった
号泣してたら配偶者が救急車呼んでました、てんぱっててめちゃくちゃでしたけど←
これ、そんな大げさな思うでしょうけど絶対こうなりますよ。
私一回目のけいれんはほんと事細かに覚えてるもん。
てことで、初動捜査を大きく誤ったまま、我が家に救急車が到着するのです。
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最大の予防は熱を出さないことと言われても。←
そのためにできる免疫力強化☆
熱性けいれんの時は救急者を呼ぶのか
さて、5分ほどで到着すると言われた救急車。
当時団地の三階に住んでいたので、配偶者が下まで救急車を迎えに行きました。
が、すぐ戻ってきて
自分だけ外出用のズボンに履き替えた←
そう、ゴールデンウィークの最終日、家族全員部屋着でゴロゴロしとったんやもちろん我も。
なのに自分だけズボン履き替えた←
息子が死ぬかもしれなくて救急車呼んでるのにズボン履き替えた←
一生忘れない。
そして救急車が到着。
のちのインフルエンザ騒ぎの時もそうでしたが、この日も休みだし連休最終日だし子ども熱だして、家の荒れ具合はすごかった。
そして私の部屋着のボロボロさもひどかったって、私10年経って同じことで反省してるんだな。
とにかく頭の片隅に
ていうのはチラリかすめたんですけど、それよりなによりパニックになっていて。
この時息子はもうけいれんは終わってぐったりしていたんですけど、この時の救急隊のおっさんの一言私忘れない。
お母さんとお父さんが全然大丈夫じゃないから、病院行こうか
優し!!!
優しかったなああの時のおっさん(救急隊員)。
けいれんの時には絶対にしないといけないことっていうのがありまして
けいれんの時間を測る
けいれんの様子を覚えておく
これは必ず聞かれます。
救急隊にも聞かれたし、その後の病院でも聞かれたし、その先10回のけいれんでも聞かれ続けたけど
だいたい適当に答えてますね←
本当は動画撮るのが一番いいんだけど、この当時はスマホなかったし(BBA言うな)、そもそも急にスマホ取り出して動画モードにして撮影とか無理だし(BBA言うな)。
そして意外と秒針の付いた時計って近くにないし、あってもパニックだから頭入らないし。
ということで、この時なんかその上はじめましてのけいれんだったのでそんな知識もなく。
時間も様子もそりゃ聞かれたけど
おいおい泣いている大丈夫じゃないお母さんと、多分大丈夫な病児は、救急車に乗り込んだのでした。
救急車はなかなか出発しない
これよこれ。これこれ。
うち熱性けいれん10回のうち、救急車呼んだのは4回だけです。
まあまあ呼んでるか。←
ていうのが、これ、救急車って結局出発までめっちゃ長くないですか?
よっぽど持病で受け入れいつでも可のかかりつけ病院なかったら、まずは病院探しから始まりますよね。
この初回のけいれんで救急車呼んだ時って、口蓋裂の手術後だったから、そっちの病院行ったほうがいいのか、もしくはいつもの小児科にするかとか、まあ決まらなくて。
多分この段階で救急隊は緊急性がないと思ってたからのんびりしてたんでしょうけど、気が気じゃなかったな。
多分20分はもたもた止まってたと思う。
私は息子と救急車乗ってたからわからなかったけど、超暇な年寄りばかりの団地の昼下がり@連休中
ものっすごい人が窓から見ていて、やじ馬もじゃじゃ馬もたくさん来たらしい(旦那情報)。
結局最後は、何回も入院した小児科のある病院に運ばれることとなりました。
初めての熱性けいれん 病院で言われたこと
さて救急車で病院に到着し、受診。
そのころには息子はすっかり意識も戻り泣いていたので、もはやただ単に風邪ひいてるだけの子どもひとりとボロボロの母親ひとり。
だいたいそうじゃないかなと思うんですが、一回目の熱性けいれんって大きな検査はしないですね。
特に薬も出ない。
熱性けいれんを一回する子はたくさんいるからでしょうし、その多くは何の問題もないからでしょう。
三回目くらいからざわつきます。
五回やったらもっとざわつきます。
で、一回目だし子ども意識あるし、張り切って入院準備までしてきたけど全然サラリ帰されたあの日。
ただ、その日も聞かれたしその先本格的に治療する時もすごく聞かれたけど
親御さんもしくはお身内で、熱性けいれんを起こしたことがある人はいますか?
おらんがな。
これほんまデジャヴですわ、口蓋裂も遺伝的要因が高いとされていて、生まれた時とかすっごい聞かれた。
おらんがな。
どっからDNAもらってきたんや。
で、その時聞いた注意点。
・ほとんどの熱性けいれんは3分以内に収まるから、5分続くなら救急車を呼ぶ
・一日に二回起きたらけいれん重責でこれも救急車
・けいれんの時は吐いたものをのどに詰めないように横に向ける
・熱性けいれんがこじれてけいれんに移行することはめったにないので怖がらないで
はい。
このあと息子は
5分以上続いて救急車も呼ぶし
一日に二回けいれん起こすし
吐いたもののどに詰めて死にかけるし
最終的にはけいれんに移行し投薬が始まります。
そんなことはつゆ知らないあの日の私。
帰り少し冷静になってから、お医者さんと看護師さんに聞きました。
そしたら先生の回答としては、やっぱり原因もわからないし、初めての時には救急車を呼んでくれていいですとのこと。
怖かったら遠慮なく呼ぶといいよってすごい優しかった。
でもこの先何人かの先生にもかかるんだけど、救急車を呼んでもいいっていうのは一致してましたね。
あと、帰りの会計の前にものすごい身なりであることに今さら恥ずかしくなり
と看護師さんに言ったら
「そりゃパニックなるよ、怖いもん!
私でもなるよ!ふつうそうよ!」
て言うてくれました皆優しす。
だからみんなパニックなっていいよ。
取り乱してもいい。
ただ時間は測ろう。←
そしてけいれんの様子は見ておこう。←
これしとかないとわりと医師看護師冷たいです。←
とりあえず一回目はこんな感じで、だいたいの子は一回で終わるっていうし、まあ怖かったけど無事で何より何よりと思って帰りました。
でも全然何よりじゃなかった。
そんなお話はまたお次「熱性けいれん複雑型 中学生まで熱性けいれんが続いた息子② 発作が頻発した乳幼児期」で。
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まずは元気な体つくりから☆